遠友夜学校記念館ー公園想像図を描く


札幌遠友夜学校記念館に隣接の公園を想像して描く

平成26年 春に、札幌地下歩行路の中に展示してある記念館建設のコンペに遭遇「札幌遠友夜学校記念館」(仮称)建築コンセプト設計公募作品の数々と入賞た作品でした。最終的にはアメリカの方が1等賞を取られ採用されたようです。その素晴らしい作品の数々にも目が行きましたが、それらの趣旨を説明して頂ていた「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会」のスタッフのご婦人からこれの展示の経緯と趣旨を聞き、新渡戸稲造先生の教育活動に感服いたしました。お話しは、 今から120年前、明治27年当時札幌農学校教授であった新渡戸夫妻は私財を投じて札幌農学校の学生や教師らとともに、遠友夜学校を創設しました。

その学校は、昼間は仕事で学校にいけない子供、青年たちのために無償ボランテアで運営され、昭和19年まで50年間続いた夜学校でした。そこで学んだ子供たちは数千人にのぼるそうです。この学校では、師弟愛や子供同士の友情が大変豊かで、自主的に学び課外活動も活発だったそうです。

頂いた案内には、元生徒92歳の方の寄稿や当時の時代背景とご苦労がありました。そして先生(北大生)の熱心さも伝わってきました。現代は、ある意味恵まれた時代とは言えますが、当時の先生と生徒の純真な心と毎日早くから職場で働き仕事に追われながらも学ぼうとする姿を思い浮かべて遠友夜学校で学んだ人生の大先輩の「今」に思う幸せを想像して自分勝手に公園を描いて見ようと思いやってみました。実際は札幌市がプランニングし造りますが自分の想像で当時の萩の樹があった事や、子供たちの遊び声が聞こえる広場や幸せな時間、そして生活の癒しと記念館でのひと時をコンセプトに現代風に描いて見ます描き始めからそして完成まで少しづつ載せて行きます。大変僭越ですが創造してみて下さい宜しくお願い致します。

 

 

平面図ですが、ユニバーサルに心掛けてゾーニングしています。

特に交流の広場はラバーマットを採用して(絵柄は変化OK)セティーな環境です。ひょうたん山の横にはベンチを設け見守りも考慮しまた。

全体に、生芝を植えこみ多目的に遊べる空間を想像して見ました。植栽は、10年先の未来を想定して「四季」を意識したリストになっています

記念館、右下の卓テーブルでは、季節の日差しの取り入れを考えて植栽

当時の夜学校では、自然の安らぎの広場で遊ぶ姿が想像できます。

これからも、子供達が遊び廻る「交流の広場」でありたいと思い想像しました。       

      

 

     

南側からの立面図(ひょうたん山からの立面共)遊具は、少な目に設置して多くの時間を自然に遊び、ひょうたん山の登りおりや広場でのボール遊び皆で見守り大いに遊ぶ空間を見ています。

 

記念館と交流の広場・ボール遊び等、多目的な空間です。芝生の中でまたはベンチのあ場所での、仲間とまた家族と一緒に取る昼、弁当広げて楽しい時間があるのかも想像します。

ひょうたん山と遊具  楽しくそして自由に遊びましょう。(立面)自由に遊ぶって中々創造と知恵のいる事ですよ!時代は違えども遊ぶことのイメージとルール作りは子供達の特権おおいに遊ぼうです。

記念館までの通路にフェンスに変えて垣根(萩で作ります)通路にベンチと水飲み場設置 その時代ここには、萩の樹が沢山あったとありました。そこでフェンスではなく垣根に挑戦です。いろいろ調査して何とか出来そうなので採用して見ました。赤い花・白い花が咲く時期は結構いい色彩と思います。ベンチに座り子供を見守りながら「お茶」もいいですよね!

記念館平面図(玄関)

この1階の平面は、採用された記念館のもの完成が楽しみな建物そして立面で見る開口部の「光」の多さ、寒い北国の中にあって光の暖を感じる建物になっていると思われます。 当時とは比較できない時代ではありますが、今にタイムスリップして大いに遊びまた勉強してください。